バングラデシュ沿岸の石炭火力、大気検査を欠いたまま操業続く
バングラデシュ南部の沿岸、パトゥアカリ県にある石炭火力発電所で、規定されているはずの大気質検査がほとんど実施されないまま操業が続いていたことが、環境局の記録調査で明らかになった。周辺の集落では作物の葉に灰が積もり、住民が皮膚や目の不調を訴えている。発電所の煙突の高さも、当初の環境影響評価(EIA)で承認された高さより低いことが分かっている。
何が起きたのか
環境局バリサル地方事務所が保管する2021年から2025年の検査記録を確認したところ、煙突から出る排ガスそのものの検査は一度も実施されていなかった。周辺集落の大気については、浮遊粒子状物質だけは比較的定期的に測られていたものの、二酸化硫黄と窒素酸化物は2021年に1回測定されたのみだった。
浮遊粒子状物質の測定結果も芳しくなく、ある測定では1立方メートルあたり310マイクログラムと、基準値の200マイクログラムを大きく上回った。2021年10月24日に現地で行われた別の測定でも188.12マイクログラムと基準に迫る値が出ており、この測定は「半分雨模様の天候」の中で行われたと記録されている。
政府は2025年5月、発電所全般を周辺大気質の監視の対象から外しており、2022年の大気汚染(管理)規則が対象とする業種に発電所が含まれていないことが理由とされている。
この発電所は出力1320メガワットのパヤラ石炭火力発電所で、バングラデシュと中国の合弁会社が運営し、2020年に稼働を始めた。1日あたり1万トンから1万2000トンの石炭を消費している。
ある調査は、周辺集落の大気と水質が悪化しており、二酸化炭素、二酸化硫黄、鉛、そしてフライアッシュ(fly ash、石炭を燃やした後に残る細かい灰)が健康や農業、漁業、生計に打撃を与えていると指摘した。
パトゥアカリ県マドゥプル村でパパイヤやキュウリなどを栽培していたリアズ・パンチャイェットさんも、作物の葉に灰が積もり収穫が落ちたと語る。発電所の建設で約1ヘクタールの土地を失い、残る約1ヘクタールも排水計画の不備で発電所の排水がたまり水浸しになっているという。長年使ってきた池で水浴びをすると肌がかゆくなり、視力にも影響が出ていると訴える。
背景
バングラデシュの環境保全規則(1997年)は、発電所を含む工場に対し、毎年の環境認可更新前に煙突から出る排ガスそのものの検査と、工場周辺の大気の検査の両方を義務づけている。この二つは別の検査だ。煙突排ガスの検査は発電所の設備がどれだけ汚染物質を出しているかを測るもので、周辺大気の検査は、石炭の運搬や荷降ろしなど設備以外の作業も含め、集落の生活空間の空気が実際にどれだけ汚れているかを測るものだ。
バリサル地方事務所の主任化学者は、検査室に大気と水質を検査する設備がなく、年2回義務づけられている検査を「実施できない」と説明する。一方、環境局本部の大気質担当副局長は、排ガスの検査をしていれば周辺大気は確認する必要がないとの立場を取り、周辺大気の検査を求める側について「知識が欠けている」と述べている。しかし当のバリサル地方事務所の所長は、石炭の運搬や取り扱いなど排ガス以外の活動もあるため周辺大気の検査は必要だと、本部の見解に異を唱えている。
バングラデシュは2010年代以降、電力需要の急増を背景に中国など海外資金も取り入れながら石炭火力発電所の建設を進めてきたとされる。
日本にとっての意味
この記事が示すのは、中国資金による石炭火力そのものよりも、環境影響評価で課された条件が実際に守られているかを確認する仕組みの弱さだ。57項目の条件を付けて認可された発電所で、煙突の高さという明確な条件すら承認時より低いまま運用され、検査を担うはずの地方事務所は設備不足で検査を実施できないと認めている。こうした「紙の上の安全対策」と「現場の監視能力」のずれは、バングラデシュに限った話ではないとみられる。
日本の政府系金融機関や企業も、東南アジアや南アジアで石炭火力を含む発電インフラの融資や建設に関わってきたとされ、環境影響評価の承認そのものが、その後の継続的な監視や検査の実効性まで保証するわけではない点は、日本の海外インフラ協力を評価するうえでも参考になる視点だといえる。石炭火力発電をめぐるアジアの環境負荷や住民の生活への影響を知ることは、日本自身が関わる海外エネルギー事業の説明責任を考えるうえでも意味を持つ。