ジョージアの反政権デモ、ロシア製顔認識で摘発 高額罰金相次ぐ
ジョージアの首都トビリシで反政府デモに参加した女性が、数か月後に裁判所へ呼び出され、監視カメラの映像と顔認識ソフトによって特定されたとして高額な罰金を科された。政府はこの2年間でロシアの情報機関FSBと関係の深いモスクワの企業から顔認識システムを調達し、デモ参加者を割り出す仕組みを築いてきたという。物理的な弾圧では止められなかった抗議運動を、この監視技術が事実上沈静化させたとみられている。
何が起きたのか
40代のジョージア人女性ニノさんは2025年3月中旬、トビリシ市裁判所から出頭を求める連絡を受けた。約2か月半前に市内で行った道路封鎖デモに関する審理だった。ニノさんは2024年の総選挙が不正だったとする抗議と、EU加盟交渉の停止に反対する意思表示として現場にいた。審理では自分がデモの場にいる映像が示され、顔認識ソフトによって特定されたうえで道路封鎖を主導したとして5000ラリ(約1620ユーロ、1878ドル)の罰金が科された。5か月後には銀行口座が凍結され、罰金を払うためクラウドファンディングを立ち上げるしかなかった。
ニノさんのような例は他にも広がり、2025年以降、与党「ジョージアの夢」に対するデモへの参加をやめる人が相次いだ。同党は2012年から政権を握り、ソ連崩壊後のロシアで財を成した富豪ビジナ・イワニシビリ氏が背後で実権を握るとされる。2024年12月時点でデモはジョージア各地の数十都市に広がり、1991年の独立以来最大規模の抗議行動と報じられた。警察は放水砲やゴム弾を用い、公的機関である人権擁護官事務所は暴行282件を記録し、2024年11〜12月だけで少なくとも486人が拘束された。それでもデモは続き、教師や音楽家、スポーツ選手、医師らによるテーマ別の抗議が国内37都市、海外40都市以上に広がった。ところが当局がデモ参加者を正確に特定できるようになると状況は一変し、2025年3月までに少なくとも200万ラリ(約64万ユーロ、約77万ドル)相当の罰金が科された。
この特定を可能にしたのが「ポリフェイス(Polyface)」と呼ばれる監視インフラだ。ジョージア内務省は、複数の国から制裁対象とされているモスクワの企業パピヨン(Papillon AO)から同システムを調達している。この企業の製品は主にロシアの法執行機関や、タジキスタン、トルクメニスタン、カザフスタン、ベラルーシといったロシアに近い権威主義国で使われているという。2018年のシステム更新契約では、内務省の運用担当者がロシア人技術者から直接訓練を受けたとされる。パピヨン社はロシアの他企業と同様、ロシアの法律上、要請があれば治安機関への協力が義務づけられている。
背景
ジョージアは2023年にEU加盟候補国の地位を得た。多くの国民にとってこれは単なる外交上の手続き以上の意味を持っていたとされる。しかし2024年10月26日の議会選挙が不正だったとの疑いが広がり、欧州議会も再選挙を求めた。これを受けてイラクリ・コバヒゼ首相は、EU加盟交渉を2028年まで停止すると発表した。ジョージア憲法はすべての公的機関にEU加盟の推進を義務づけており、国民の86%が加盟を支持していたとされることから、この停止は違憲だとの見方が広がっている。
デモに対する規制は段階的に強化されてきた。2023年時点では集会に許可は不要で表現の自由も保障されていたが、2024年には覆面が行政違反とされ、道路封鎖の罰金は500ラリから5000ラリへ引き上げられた。2025年にはこの二つの行為が刑事罰の対象となり、集会には政府への登録が必要になった。さらに2026年には、政府を「正統性がない」と呼んだり、政府批判をオンラインで「不適切」とされる言葉で行ったりすることも刑事罰の対象になったという。国際NGOトランスペアレンシー・インターナショナルは、こうした法改正について「ジョージアの夢による改正法は、憲法が保障する集会の自由を事実上廃止した」と評している。
ロシアとジョージアの関係は2008年8月の5日間戦争にさかのぼる。この戦争後、ロシアは国際社会の大勢とは異なり、分離独立地域である南オセチアとアブハジアを独立国家として承認し、以来ロシア軍がこれらの地域に駐留し続けている。現在もジョージア領土の約2割がモスクワの実効支配下にあるとされる。そのロシアの企業が、今度は監視技術という形でジョージア政府に浸透している構図だ。
日本にとっての意味
今回の事例が示すのは、権威主義国の監視技術が「輸出」ではなく「調達」という商取引の形で民主的な制度を持つ国に入り込み、デモ参加者の摘発という具体的な用途に使われている点だ。ジョージアはEU加盟を目指す国であり、権威主義国と一線を画しているはずの立場にありながら、その内務省がFSBと関係する企業のシステムに依存している。監視技術の調達先やその企業が置かれた法制度まで確認しなければ、導入した側の意図とは別に、技術そのものが別の国家の統制下に置かれ得るという教訓になる。
日本でも、公共空間や大型施設での顔認識カメラの導入は各地で進んでおり、警察による活用や民間の防犯目的での利用を巡って、どこまでの範囲でどんな法的な歯止めが必要かという議論が続いている。ジョージアの事例は、顔認識技術が本来の防犯目的を離れ、政治的な意見表明をした個人の特定と罰則の根拠に転用され得ることを具体的に示している。技術の性能そのものだけでなく、それを誰が運用し、どの国の法律の下に置かれた企業から調達しているかという供給網の透明性が、公共空間の監視インフラを考えるうえで欠かせない論点であることを、この事例は伝えている。