パキロビッド長期投与、コロナ後遺症に効果なし 米臨床試験
新型コロナウイルスの治療薬パキロビッド(nirmatrelvir-ritonavir)を最長25日間投与しても、コロナ後遺症(long COVID)の認知機能障害やめまい・息切れなどの自律神経症状、運動不耐性(体を動かすと疲労や症状が強く出る状態)は、偽薬を投与した場合と比べて改善しなかった。米マサチューセッツ総合ブリガム(MGB)などの研究チームがまとめた臨床試験の結果で、現地時間8月31日付の医学誌ランセット感染症(The Lancet Infectious Diseases)に掲載された。
何が起きたのか
この臨床試験「RECOVER-VITAL」は、米国27州69の医療機関で後遺症症状を抱える成人959人を対象にした二重盲検試験(被験者にも実施者にも投与内容が分からないようにする方法)。参加者は症状の種類によって認知機能障害・自律神経症状・運動不耐性の3グループに分けられ、各グループとも約330人が組み込まれた。後遺症の定義は、症状が12週間以上続いていることとした。
参加者はさらに、(1)パキロビッドを25日間、(2)パキロビッドを15日間投与した後10日間は偽薬、(3)偽薬のみを25日間、のいずれかに無作為に割り当てられた。偽薬群にも低用量のリトナビル(HIV治療薬の成分で、独特の味がある)を混ぜている。これはパキロビッドに含まれる成分の味で、参加者がどの群に入っているか気づいてしまうのを防ぐための工夫だという。
6か月にわたり検査や問診で経過を追跡した結果、いずれの症状グループでも、パキロビッドを長期投与した群と偽薬群のあいだに統計的に意味のある差は見られなかった。試験を率いたMGBの感染症専門医リンゼイ・バーデン氏は「この研究は後遺症とウイルスの残存に関する科学に重要な知見を加えるものだが、残念ながら今回の抗ウイルス薬による治療では、臨床的な効果を示す証拠は得られなかった」と述べている。
興味深いのは、投与内容にかかわらず、多くの参加者が症状の改善を報告した点だ。研究チームは、臨床試験に参加していること自体が症状の自己評価を良くする「ホーソン効果」(観察されていると意識すると人の行動や状態が変化する心理現象)の影響を指摘しつつ、改善を報告した割合が試験設計時の想定を上回っていたため、薬の効果の有無を統計的に検出しにくくなった可能性があるとしている。また偽薬群にも低用量リトナビルを使ったことが結果に影響した可能性は低いとみている。過去の研究で、低用量のリトナビル自体には新型コロナウイルスに対する生物学的な作用がほとんどないとされているためだ。副作用については、25日間投与した群で軽度の吐き気や下痢がやや増えたものの、全体として薬は忍容性が高く、新たな安全性の懸念は見つからなかったという。
背景
後遺症がなぜ起こるのかについては、いくつかの仮説がある。そのひとつが「ウイルスの残存」説で、急性期の感染が治まった後も、体内のどこかにウイルスの断片や低いレベルの複製が残り続け、それが長引く症状の原因になっているという考え方だ。パキロビッドはウイルスの増殖を止める薬なので、この仮説が正しければ、より長く、より強く投与すればウイルスを一掃でき、症状も改善するはずだという発想があった。実際、これまでの研究でも15日間投与までは効果が確認できておらず、今回はさらに投与期間を延ばして25日間という条件で検証した。
しかし今回の結果は、この仮説を裏付けるものにはならなかった。研究チームは、今後はウイルスが本当に体内に残っているかを投与前にバイオマーカー(体内の状態を示す生物学的指標)で確認したうえで対象を絞り込むことや、複数の抗ウイルス薬を組み合わせる治療、あるいは他の治療法の検討が必要だとしている。後遺症は原因が一つに絞れない可能性があり、免疫の異常な反応や血管・神経系への影響など、複数の仕組みが関わっているという指摘も研究者の間にはある。
日本にとっての意味
パキロビッドは日本でも新型コロナウイルスの治療薬として承認されており、重症化リスクの高い患者を中心に使われているとされる。国内でも後遺症に悩む患者や、その診療にあたる医療機関の中には、通常より長く薬を使えば症状が良くなるのではないかと考える動きがあるとみられる。今回の試験は、そうした「長く飲めば効くはず」という期待に対して、少なくとも米国での大規模な臨床試験では裏付けが得られなかったことを示す材料になる。
国内で保険診療の範囲を外れて長期投与を検討する場合、効果が証明されていない治療のために費用や副作用のリスクを負うことになりかねない。今回の結果は、後遺症の治療方針を医師や患者が考えるうえで、参考にできる具体的なデータのひとつといえる。また、後遺症の原因はウイルスの残存だけでは説明しきれない可能性が改めて浮かび上がったことは、今後の治療薬開発や、日本国内での後遺症診療のあり方を考えるうえでも関係してくるとみられる。