気候・災害

UN報告書、1.5度目標『いったん超えても引き戻す』道筋示す

世界の記事一覧

国連環境計画(UNEP)は、有力な気候科学者らがまとめた新しい報告書を公表した。世界の平均気温上昇がパリ協定の目標である産業革命前比1.5度を一時的に超えることはもはや避けられないとしたうえで、上昇のピークを1.8度以内に抑えられれば、今世紀末までに1.5度の水準まで引き戻せる可能性があるとしている。ただし、その条件は各国政府が現在よりはるかに踏み込んだ削減を実行することだとくぎを刺した。

何が起きたのか

報告書は、各国が国連に提出している国別の気候計画「NDC(Nationally Determined Contributions、国が定める削減目標)」をすべて実行し、さらにそれぞれが掲げるより野心的なネットゼロ(温室効果ガス排出を実質ゼロにする)目標まで達成するという楽観的なシナリオに限り、1.5度への回帰が視野に入ると分析した。しかし現実の政策はそこから大きく外れている。UNEPが以前まとめた分析では、現在資金の裏付けがあり実施されている対策だけを積み上げると、2100年時点で約2.8度の上昇に達する見通しだという。

報告書の著者の一人で英インペリアル・カレッジ・ロンドンのヨエリ・ロゲリ教授は、気温上昇のピークをできるだけ低く抑える必要があると述べた。世界が温暖化を引き戻せる速度には限界があり、二酸化炭素を大気から回収する技術(CDR、carbon dioxide removal)に頼りすぎるわけにはいかないためだという。植林や森林管理などの対策も、気温が高くなるほど効果が薄れるとしている。

アントニオ・グテーレス国連事務総長はこの報告書について「1.5度超過はできる限り小さく、短くしなければならない」とコメントし、化石燃料からの脱却の加速や再生可能エネルギーの拡大、メタン排出の削減、森林や海洋の保護を各国に求めた。UNEPのインガー・アンダーセン事務局長も、1.5度への回帰は保証されたものではないとしつつ、超過の規模と期間、影響を抑えることが「脆弱な人々を守り、暮らせる未来を確保するための残された最善の選択肢だ」と語った。

報告書は気候リスクについても具体的な見通しを示した。氷河は今世紀末までに残存する氷の4分の1超を失う可能性があり、効果的な適応策が取られなければ、世界の食料生産は2050年までに最大14%減少しかねないという。一部の小島嶼国や低地の沿岸都市は部分的、あるいは完全に水没する恐れもあるとした。太平洋の島国パラオのウィップス大統領は、報告書は世界にとっての分岐点だと述べ、野心を語るだけでなく、政治的意志と投資を前例のない規模で増やす必要があると訴えた。

報告書は、気温を引き下げるための道筋を3段階に分けて示した。1.5度に近づき、それを超える局面での急速な排出削減と脆弱な人々の緊急保護、次に気温がピークを迎える段階でのネットゼロ達成とレジリエンス(強靭性)構築、そして長期的にはCDRによる排出のネットマイナス化と持続的な対策という流れである。

背景

この報告書は、国連が1.5度を一時的に超える「オーバーシュート(overshoot)」はもはや避けられないと初めて公式に認めてから約1年後に出された。パリ協定は2015年に採択され、産業革命前からの気温上昇を2度より十分低く、できれば1.5度に抑えることを目標としてきた。しかし各国の対策の遅れから、1.5度を守り切ることは事実上困難になっているとみられており、国際社会の議論は「超えないこと」から「超えた場合にどう最小限にとどめ、引き戻すか」へと重心を移しつつある。

今回の報告書が示す1.8度というピークの上限値は、単なる努力目標ではなく、CDRなど気温を引き下げる技術の限界を踏まえたものとみられる。CDRは森林による吸収や工業的な回収技術などを指すが、高温になるほど森林の吸収効率が落ちるなど、対策自体の効果が目減りする悪循環が指摘されている。つまりピークを1.8度より高くしてしまうと、後からいくら技術で回収しようとしても間に合わなくなるという警告が今回の報告書の骨子である。

日本にとっての意味

日本はこれまでもパリ協定のもとでNDCを国連に提出し、2050年のネットゼロを掲げてきた。今回の報告書が示した「1.8度でピークを抑えなければ今世紀中に1.5度へ戻せない」という科学的な前提は、今後の国際交渉に向けて、各国のNDCやエネルギー政策がどこまで妥当かを評価する際の土台になる。日本のNDCやエネルギー政策についても、今後はこうした国際的な削減シナリオとの整合性が問われる場面が増えるとみられる。

また、報告書が指摘する食料生産の減少や氷河の縮小、島嶼国の水没リスクは、日本にとっても輸入食料への影響や、海面上昇による沿岸インフラへの影響という形で無縁ではない。特に太平洋の島嶼国は日本と外交・経済面でつながりが深く、パラオの大統領が今回の報告書にコメントを寄せていることからも分かるように、この地域の気候リスクは日本の外交課題とも直結している。今回の報告書が示す数値やシナリオは、今後の気候政策報道を読み解くうえでの共通の物差しになりそうだ。