マレーシア「過酷な集会法」改正、公約から1年以上停滞
マレーシアで抗議活動やデモを規制する平和的集会法(Peaceful Assembly Act)の改正が、政府の公約から1年以上たっても実現していない。市民団体は2026年8月、国会に対して改正の明確な期限を示すよう求めた。裁判所が一部条項を違憲と判断した後も、抗議活動の主催者が逮捕や取り調べの対象になる状況は続いている。
何が起きたのか
2026年8月、マレーシアの市民団体は国会に対し、平和的集会法をいつまでに改正するのか明確な時期を示すよう求めた。選挙の公正さを求める運動として知られるBersihの担当者アナス・ノルアジム氏は記者会見で「同じ約束が繰り返されるばかりで、待ち望まれている改革は検討段階のままだ」と述べた。
背景にあるのは、政府が改正を公約してから1年以上が経過しても、法案が国会で具体的に動いていないという状況である。この間も、腐敗防止を訴える活動家や学生の抗議行動を組織した人々が、同法や関連の刑事法規に基づいて摘発され続けている。アムネスティ・インターナショナル・マレーシアは声明で「改革の表明だけでは足りない」と述べ、声を上げたことで逮捕され、捜査され、威圧される人々が今もいると訴えた。
背景
平和的集会法は2012年に成立した法律で、歴代の政権のもとで抗議活動の主催者や市民団体の指導者に対する嫌がらせ的な訴追の根拠として使われてきたとされる。市民団体はこの法律を「過酷な法律」と呼び、長年改正を求めてきた。
特に問題視されてきたのが第11条で、特定の場所で集会や抗議を行うにはその場所の所有者の同意が必要と定めている。これは街頭での抗議活動を実質的に難しくする仕組みとして批判されてきた。2025年にはアンワル・イブラヒム首相が、この条項を含む法律の厳しい部分を改正すると公約し、市民団体はこれを大きな前進と受け止めた。
続いて2025年7月、連邦裁判所が同法の第9条5項を違憲かつ無効と判断した。この条項は抗議活動の主催者に対し、少なくとも5日前までに警察へ届け出るよう義務づけるもので、違反は当局が活動家を威圧する口実として使われることが多かったとされる。裁判所は、この規定について権利の制限ではなく禁止に等しく、均衡を欠く介入だと判断した。
政府は当初この判断の再審理を求めたが、2026年1月の閣議の後にこれを取り下げた。結果として裁判所の判断はそのまま効力を持つことになった。
しかし国会での法改正そのものは進まず、2025年7月には国会議事堂付近での抗議活動を警察が実力で解散させ、法改正を求める嘆願書の提出を妨げようとしたとも伝えられている。国際人権団体アーティクル19(ARTICLE 19)のマレーシア担当者は、説明責任を求める平和的な集会がしばしば弾圧の対象になっていると批判した。こうした状況を受け、マレーシア人権委員会(SUHAKAM)は2026年2月、警察を含む当局に対し、集会の管理は法に基づき、比例的かつ協力的な姿勢で行うべきだとする注意喚起を発した。
日本にとっての意味
この問題の核心は、裁判所での勝訴があっても活動家への法的リスクが消えなかった点にある。アムネスティは、当局が平和的集会法だけでなく刑法や軽犯罪法(Minor Offences Act)も併用して抗議参加者の捜査や威圧を続けていると指摘している。つまり第9条5項が無効になっても、当局には別の法的手段が残っており、抗議活動を組織すること自体のリスクは構造的に下がっていない。
マレーシアは日本企業の進出先として広く知られ、東南アジアの中でも政治的に安定した国という印象を持たれやすい。しかし今回の経緯が示すのは、その安定が抗議や異論を通じて可視化される社会的合意の上に成り立っているとは限らないということである。現地に拠点を持つ企業関係者や、労働・人権に関する情報を扱う立場にとっては、法制度上の公約と現場の運用実態の間に落差があり得るという点を、投資判断や現地事情の把握の材料として押さえておく価値がある。
また、イスラエルによるパレスチナ攻撃を批判する一方で、船団への介入に抗議した人々の逮捕を命じたとアムネスティが指摘するように、政府の対外的な立場表明と国内での言論・集会の扱いが必ずしも一致しない場合がある。これは特定の国に限った話ではなく、対外的なメッセージと国内での実際の対応を分けて見る必要があるという、より広い教訓としても読める。