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仏スタジオKO、タシケントの路面電車車庫を現代美術センターに改装

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ウズベキスタンの首都タシケントで、1912年築の路面電車車庫が現代美術センターに生まれ変わった。設計はフランスの建築事務所スタジオKO。地下から金属張りのトンネルを抜けて天井の高い展示ホールへ出るという動線が、この改装の核になっている。

何が起きたのか

「現代美術センター・タシケント(CCA Tashkent)」は、装飾的な黄色いレンガの2棟からなる。設計者はヴィルヘルム・ハインツェルマンで、一方は事務棟、もう一方は路面電車の車庫兼ディーゼル発電所だった。レンガの壁には今も油の匂いが残っているという。

スタジオKOが計画の中心に据えたのは、ディーゼル発電所の背の高い産業ホールだ。高い位置に並ぶ窓と元のレンガ壁がそのまま残る空間について、同事務所のディレクター、オリヴィエ・マルティ氏はDezeenに「プロポーションからしてすでに非常にモニュメンタルで、ほとんどバシリカのようだった」と語り、そこに忠実であり続けたと述べた。設計チームはこの空間を大聖堂に、あるいはロンドンのテート・モダンのタービンホールの自分たちなりの版になぞらえている。

来場者はまず、受付とギフトショップ、事務室に転用された旧事務棟から入る。最上階には天窓のある図書室があり、レコードを聴くための小部屋も付く。受付から目を引く螺旋階段が地下へ下り、最初の展示室に出る。マルティ氏がメインの空間への「控えの間」と呼ぶ部屋だ。

そこから暗い金属張りのトンネルを進むと、ディーゼル発電所の地下に出る。ここには第2の展示エリアと、階段を兼ねた観客席状の段床があり、その上には立方体のオーディトリアムが宙に吊られている。暗く天井の低い空間から明るく広い主ホールへ抜ける流れが、空気の急変を生んで大空間の風格を際立たせる仕掛けだ。頭上の設備配管はあえてむき出しにして、産業建築らしさを強調している。

「ここは主ホールのモニュメンタルさが分かる場所として面白い」とマルティ氏。主任キュレーターのサラ・ラザ氏も「他の空間にもそれぞれの見せ場があるが、この空間はタービンホールのようなものに比べられる。少し小ぶりの版で、それは意図したものだ」と付け加えた。

背景

古い建物には、あえて対照的な新しい要素が差し込まれた。ディーゼル発電所の躯体には自立する角ばったボリュームが挿入され、古いレンガの構造から膨れ出て角を突き破ったように見える。この新しい幾何学的な塊は、地元でコンクリートを練るのに使われる粗い砂利をまとい、光沢のあるニスで仕上げられている。

内部でも素材の対比が続く。オーディトリアムの壁とトンネルには鋼のような金属パネルが張られ、元のレンガと隣り合う。木を使った細部が温かみを添え、暗く土のような色合いのテラゾーが壁と床を覆う。マルティ氏によれば、これはソビエト期のモダニズムへの目配せだ。

「現代の介入は、既存の建物と極端に対照的なものとして読み取れるよう設計している」と同氏は説明する。建物に並ぶ大きな窓には紫色のフィルターがかけられており、外からだけそれと分かる。

順路の最後は、屋外の広い中庭に出る。ここも展示空間として使われ、同じ濃色の光る砂利で仕上げられた大きく弧を描く壁に囲まれて、レストラン、子ども向けに用途を変えられるワークショップ空間、礼拝室が配されている。

マルティ氏はこの中庭を、中庭を囲んで住まいが並ぶウズベキスタンの伝統的な街区「マハッラ」の現代版として構想したという。「あの二つの非常に強い建物のあいだに中庭を想像するのは、とても難しかった」と同氏は語り、レンガを真似るのではなく、現代の版として正直であろうとしたと説明する。

センターは文化展示・教育・研究の拠点として一般公開が始まった。開館展はラザ氏が企画した「Hikmah」で、10人の作家の作品を展示する。館内の家具はスタジオKOが設計した金属と木のモジュール式の特注品だ。

ウズベキスタンでは大型の建築計画が続いており、リナ・ゴットメによるブハラの歴史的住宅のジャディード遺産博物館への転用や、安藤忠雄が手がけるタシケントのウズベキスタン国立博物館も進行中だ。2026年7月には、タシケントのモダニズム建築10件がユネスコの世界遺産に登録され、リストの中でも特に新しい部類の建造物になった。

日本にとっての意味

このプロジェクトの隣には日本の名前がある。タシケントで進むウズベキスタン国立博物館は安藤忠雄の設計で、中央アジアの文化政策の中に日本の建築家が入り込んでいる。国が国際的な建築家を招いて文化施設を整えるという動きの中に、日本の設計者も当事者として立っているということだ。

産業建築を文化の器に変える手法自体は、日本にも先例がある。金沢市民芸術村は、1993年に操業を止めた旧紡績工場の敷地を金沢市が買い取り、取り壊しを免れた木造倉庫7棟を市民の創作拠点として再生して1996年に開村した。古い外壁と骨太の構造をそのまま見せる考え方は、タシケントの改装と同じ発想の上にある。

もう一つ見逃せないのが、20世紀の建築が世界遺産になり始めたという事実だ。7月に登録されたタシケントのモダニズム建築10件は、リスト全体でも際立って新しい。日本でも高度成長期に建てられた公共建築や商業建築が次々と更新期を迎え、取り壊しか保存かの判断を迫られている。「まだ新しい」という理由で守られてこなかった建物をどう扱うか、判断の物差しが世界的に変わりつつある。