ソウルのデザインマイアミ、韓国伝統工芸を現代化した作品展示
韓国ソウルで開かれたデザイン見本市「デザインマイアミ・ソウル」の企画展「イン・シトゥ(In Situ)」で、韓国の伝統工芸の技法を現代のデザインに翻訳した作品が並んだ。会期は現地の8月31日から9月6日まで、会場はザハ・ハディド設計の東大門デザインプラザ(DDP)内のデザインラボ。Dezeenがこの中から7点を選んで紹介している。
何が起きたのか
イン・シトゥ展は、新進と中堅の両方のスタジオによる韓国のデザインを取り上げ、照明、家具、陶芸、彫刻的なデザインにまたがる作品を集めた。
マノ・デザイン・スタジオの「Biiit」は、韓国の伝統的な燭台を現代に読み替えた真鍮の構造体で、枠のまわりに楮(こうぞ)の樹皮から作った紙を縫い付けている。ソウルを拠点に2016年にキム・ボア氏が設立した同スタジオは、韓国の伝統工芸と現代デザインの接点で仕事をしてきた。キム氏は「Biiitのコレクションは、画一的な大量複製の時代にあって、作り手と素材のあいだの上下関係を溶かそうとするものだ」と述べている。
家具デザイナーのキム・ビョンソプ氏は「Narrative」シリーズとして椅子、棚、ベンチを発表した。ステンレススチールと、木に漆を塗り貝殻を象嵌する韓国の伝統技法「螺鈿漆器」を組み合わせている。同氏はこのシリーズについて、素材の内に抱えられた時間の経過と、捨てられた機能の名残、そして新たに与えられた役割のあいだに生じる緊張を照らし出すものだと説明する。
アーティストのキム・ヒョンヒ氏は、韓国の伝統家具と「閨房(キュバン)文化」に着想を得た家具のシリーズを手がけた。閨房文化とは、伝統的な韓国の住まいで女性の居室にまつわる物質文化・生活文化を指す。古典的な家具の形を解体し、アクリルやアルミニウムといった現代の素材と彫刻的な造形言語を組み合わせて、過去と現在の対話をつくり出した。
背景
照明では、素材の飛躍が目を引く作品が2点あった。建築家のロ・イルフン氏による「Nodus」は、12世紀に初めて現れた韓国の伝統的な紙撚りの技法を下敷きにした照明インスタレーションだ。その技法にカーボンファイバーという現代素材を掛け合わせ、一本ずつの繊維を結び目にひねり、それを積み重ねて面をつくる。作品名のNodusはラテン語で結び目を意味し、結ぶという反復的な行為そのものが作品になっている。
WKNDラボの「Guseul(韓国語で球の意)」は、さまざまな韓国の伝統技法で作られた球を連ねた照明だ。黒い球は漆(オッチル)と螺鈿で仕上げ、赤い球はガラス質の釉薬を使う「七宝(チルボ)」の技法で、工芸家のパク・ジョングン氏と組んで作った。チョン・ウンジ氏とイ・ハリン氏が設立した同ラボは、伝統的な価値を現代の仕事に組み込むことで守ろうとしている。
建築由来の造形もある。デザインスタジオのモカムジュナムによる「Chimi Chair」は、韓国の伝統的な木造建築で棟の端に据えられる彫刻的な部材「鴟尾(チミ)」から発想した椅子だ。創設者のキム・ファンテ氏は、実用品であると同時に、伝統建築の彫刻的な言語を現代の日常の文脈にどう翻訳できるかの探求でもあると述べている。
金属作家のチョン・ウソン氏の「Drawing in Space」は、金属の細い線を銀で溶接して器のような形をつくる作品だ。韓国の陶磁器の壺の形を下敷きに、一本ずつの線をつないでいく作業を、同氏は「鉛筆で素描するようなもの」と表現した。
日本にとっての意味
展示に並ぶ技法の名前は、日本の読者にとってどれも見覚えのあるものばかりだ。螺鈿、漆、七宝は漢字も意味もそのまま日本の工芸と重なる。Biiitに使われた楮の樹皮の紙は韓紙で、原料も製法も和紙の親類にあたる。
とりわけ分かりやすいのがChimi Chairの「鴟尾」だろう。屋根の大棟の両端に据える装飾で、中国に起源を持ち、朝鮮半島と日本の双方に伝わった。奈良・唐招提寺金堂の鴟尾は「天平の甍」として知られ、国宝に指定されている。つまりこの展覧会は、日本にとって遠い異国の工芸展ではなく、同じ道具立てを共有する隣家の仕事ぶりを見るようなものだ。
そう考えると、この展示が突きつけるのは技法の珍しさではなく、それをどう次へ渡すかという問いになる。日本の伝統的工芸品の生産額は1983年の5,410億円をピークに、2015年には1,020億円と5分の1まで落ち込んだ。従事者数も1979年の28.8万人から2013年には6.5万人に減り、いまや50歳代以上が6割を超える。技法を保存の対象として囲い込むのか、カーボンファイバーと結び合わせてでも現役の素材として使い続けるのか。イン・シトゥ展の作り手たちは後者を選んでいる。
もう一点、見落とせないことがある。コレクティブル・デザインの国際的な市場であるデザインマイアミが、アジアでの舞台に選んだのが東京ではなくソウルだったという事実だ。会場となったDDPは、ザハ・ハディドの設計で2014年に開いた施設で、韓国が文化の見せ場として整えてきた場所でもある。工芸の厚みでは引けを取らないはずの日本が、その市場の地図の中でどこに置かれているのかは、考えておいていい問いだ。