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盗まれたイーストマン・ジョンソン作品2点、半世紀ぶりに返還

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米ニューヨークで1978年に別々の画廊から盗まれた19世紀の画家イーストマン・ジョンソンの油彩画2点が、およそ半世紀ぶりに見つかった。きっかけは、相続された古美術コレクションが画商の目にとまり、コネティカット州のオークション会社が来歴を確かめたことだった。2点はそれぞれ元の持ち主側に返還された。

何が起きたのか

戻ったのは《The Young Mother》(若い母、1873年ごろ)と《Mary and Her Lamb》(1877年)。前者は現地時間の1978年5月6日、ニューヨークのハーシュル・アンド・アドラー・ギャラリーズ(Hirschl & Adler Galleries)から盗まれた。後者は現地時間の1978年4月27日、現在は閉店したケネス・ラックス・ギャラリー(Kenneth Lux Gallery)で所在不明と届けられた。2件に関連はないとみられる。

見つけたのはロングアイランドを拠点とする画商ブランドン・レバイン。亡くなった両親が集めた古美術コレクションを相続した家族のもとで2点に気づき、コネティカット州のシャノンズ・ファインアート・オークショニアーズ(Shannon’s Fine Art Auctioneers)に連絡した。同社経営者のサンドラ・ジャーメインが調べたところ、2点とも1978年に盗難届・盗難報告が出ていたことが分かった。

ジャーメインはハーシュル・アンド・アドラーに連絡する一方、2020年に死去したケネス・ラックスの遺族を捜し出し、それぞれの作品を元の持ち主側に返還した。相続した家族は驚いていたという。シャノンズの専門家は、類似作品の取引をもとに2点合わせて20万ドル程度と見積もっている。

「最も良かったのは、絵が戻ったことだけでなく、関係者全員が正しいことをした点です」とジャーメインは話す。「美術の世界では、必ずしもそうとは限りません」

背景

ジョンソンは1824年にメイン州で生まれ、1849年から6年間ヨーロッパで学び、オランダの巨匠の技法を吸収した。帰国後はアメリカの日常を描く風俗画家として肖像画や生活場面の作品を数多く手がけ、1870年にはメトロポリタン美術館の設立時の理事の一人になった。同時代のウィンズロー・ホーマーの陰に隠れがちだったが、1970年代以降関心が高まっているという。

ジョンソンの全作品目録(カタログ・レゾネ、画家の全作品を調べてまとめた目録)の共著者パトリシア・ヒルズによると、ジョンソンは奴隷制廃止論者の家系の出身で、南北戦争期を含め黒人を描いた重要な作品も残した。今回戻った2点は小ぶりで私的な性格の作品で、1870年生まれの娘エセルへの愛情が着想の一つになった可能性があるとヒルズは述べている。

盗難・紛失・略奪された美術品のデータベースとしては世界最大とされる民間の団体、アート・ロス・レジスター(Art Loss Register)のジェームズ・ラトクリフ代表は、50年以上経ってから盗難美術品が見つかる例は珍しくないと指摘する。多くの場合、個人の家の壁に掛かっていた作品が、初めて人目に触れる形で表に出てくるのだという。

調査ではカタログ・レゾネとアート・ロス・レジスターが手がかりになった。ヒルズによると、ジョンソンの目録は他の画家のものと違ってデジタル形式のため、作品の所在の変化を随時反映できる。返還を受けて、2点の項目はすでに書き換えられた。

日本にとっての意味

買った本人が盗品と知らなくても、後の世代が思いがけず盗難美術品を相続することはありうる。同じことは日本の遺品整理や古美術の取引でも起こりうるとみられる。19世紀の西洋絵画は海外のオークションや遺品整理を通じて日本国内に入ってくることもあり、来歴がはっきりしないまま個人の家庭に渡るケースは想定できる。

手がかりになるのは、対象の画家にカタログ・レゾネがあるか、購入前にアート・ロス・レジスターのような盗難美術品データベースと照合したかどうかだ。海外の美術品を扱う日本の古美術商や個人収集家にとって、来歴をきちんと確かめることは、後々のトラブルを避ける実務的な備えになる。