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中国雲南省の洞窟でデニソワ人化石群と道具1300点超を発見

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中国南西部の雲南省にある洞窟で、絶滅した人類の近縁種デニソワ人(Denisovans)の化石7点と、石器・骨器1300点以上が見つかった。研究チームが9月9日付の学術誌ネイチャーに発表した2本の論文で報告した。これまで発見例が乏しかったデニソワ人について、姿形や暮らしぶりを具体的に示す資料としては過去最大級の成果だという。

何が起きたのか

研究チームは雲南省にある「ビアンフー洞窟(Bianfu Cave)」で発掘した6万点を超える骨の破片を選別し、形状から人類のものと疑われる断片を絞り込んだうえで、たんぱく質を分析する手法でデニソワ人由来のものを特定した。洞窟内は比較的温暖でDNAが分解されていたため、この手法が種を特定する決め手になったという。この作業で見つかったのは、頭骨の破片2点、歯4本、前腕の骨の一部1点の計7点で、少なくとも3個体分に由来し、13万4000年前から16万7000年前のものと推定されている。

前腕の骨はデニソワ人としては初めて確認された部位で、ネアンデルタール人の腕の骨に一部似ているものの、全体としては現代人の骨により近い形をしていた。研究に参加した中国科学院古脊椎動物・古人類研究所の傅巧妹氏は、この骨の形について「軽い力で精密な作業をするのに適していた可能性がある」と説明している。

洞窟からはさらに、石器・骨器あわせて1300点以上が出土した。道具が含まれる地層は7万年前から19万年前にわたっており、周辺で他の人類が暮らした痕跡が見当たらないことから、研究チームはこれらの道具をデニソワ人が作ったと考えている。共同執筆者の李浩氏によると、道具は同時代のネアンデルタール人のものより単純な作りだった。状況に応じてすばやく作ることで柔軟に対応していたとみられている。

出土した花粉の分析からは、洞窟の周囲が針葉樹林のような環境だったこともうかがえる。シカや水牛とみられる動物の骨に残った切り傷や割れ方から、デニソワ人はこうした大型動物を狩って食べていたとみられ、李氏は「かなり高度な狩猟の技術」が必要だっただろうと述べている。

背景

デニソワ人の存在が知られるようになったのは2010年のことだ。シベリアのデニソワ洞窟で見つかった指の骨からDNAが取り出され、それまで知られていなかった人類の系統だと判明した。現在はこの系統に「ホモ・ロンギ(Homo longi)」という学名が与えられているとされる。

現生人類(ホモ・サピエンス)とネアンデルタール人、デニソワ人は共通の祖先を持ち、現生人類の系統は約60万年前に、ネアンデルタール人とデニソワ人につながる系統と分かれたと考えられている。3つのグループはその後もアジアなどで同じ時代を生き、互いに交雑することもあったが、ネアンデルタール人とデニソワ人はやがて絶滅した。デニソワ人はおよそ40万年前から3万年前までアジアに存在していたとみられる。

ただし、これまで見つかっていたデニソワ人の化石はごくわずかで、ほぼ全身がそろった骨格は一つも発見されていない。同時代のネアンデルタール人については数千点もの化石が見つかっているのと比べると、デニソワ人の実態は謎に包まれたままだった。今回のように多数の化石と道具がまとまって出土した例は過去になく、専門家からはデニソワ人についての理解が少しずつ深まっているとの声が出ている。

日本にとっての意味

デニソワ人は日本人にとって遠い存在に見えるかもしれないが、そのDNAは現代の東アジアの人々にも受け継がれている。

今回、雲南省の洞窟からデニソワ人の直接の証拠が見つかったことは、これまでシベリアなどで知られていたこの系統が、中国南西部にまで広がっていたことを示す発見でもある。

日本国内でも、古人骨などを用いた古代DNA研究を通じて、日本列島の人々の成り立ちをたどる研究が進められている。今回の中国での発見も、そうした研究が参照する材料の一つになるとみられる。