米国の低所得層向けコロナワクチン、CDCの遅れで供給滞る
米国で低所得層や無保険の子どもに無料でワクチンを提供する「ワクチン・フォー・チルドレン(Vaccines for Children、VFC)」プログラムで、更新された新型コロナワクチンの供給が滞っている。民間保険に加入する家庭の子ども向けのワクチンはすでに医療機関に届き始めている一方、VFC対象の子どもには米疾病対策センター(CDC)からまだワクチンが届いていない。新型コロナによる入院者数が増加傾向にある中、CDCは供給開始の見通しすら示していない。
何が起きたのか
CDCは現地時間の8月27日に新型コロナワクチンを承認し、メーカーは少なくとも現地時間の9月7日には医療機関への出荷を始めていた。公衆衛生当局者によると、民間保険に加入する子ども向けのワクチンは医師や薬局がすでに購入できる状態にある一方、VFCプログラム対象の子どもには無料ワクチンがまだ届いていない。この問題は米紙ウォール・ストリート・ジャーナルが最初に報じた。
カリフォルニア、ジョージア、ニューヨーク、ペンシルベニア、サウスカロライナの各州の公衆衛生当局は、CIDRAP Newsの取材に対し、それぞれの州のVFCプログラム向けにワクチンがまだ入手できないと認めた。カリフォルニア州公衆衛生局のベス・ダインズ広報官は、民間で購入されたワクチンは医療機関に届き始めているが、VFC対象の子ども向けにはまだ入手できないと説明している。州は、保険が不十分な成人への接種を支援する連邦の「317プログラム」を通じてもワクチンを発注できない状態だという。
全米予防接種管理者協会(Association of Immunization Managers、AIM)のクレア・ハナン事務局長は、ワクチンが承認され民間で入手可能になるのと同時にVFCでも入手できることが重要だと指摘する。すべての親と子どもが同時にワクチンにアクセスできるようにしたい、と説明している。AIMの首席医務官を務めるミシェル・フィスカス医師によると、CDCから供給開始の時期が示されないため、この時期の現場には強い不安が広がっているという。CDCは、州がVFC向けにワクチンを発注する手続き自体をまだ開いていない。
フィスカス医師によると、昨年も同様の遅れがあり、VFC向けのワクチンが使えるようになったのは承認から40日後、現地時間の2025年10月6日だったという。この結果、豊かな家庭の子どもが先に接種を受けられる一方、低所得層の子どもは長期間にわたって新型コロナへの感染リスクにさらされる二段階の仕組みが生まれていると、フィスカス医師は指摘する。CDCによると、新型コロナの入院率は全体としては低いものの、65歳以上の高齢者と生後1年未満の乳児で最も高い水準にある。
医師や薬局は通常、民間保険の子ども向けにはワクチンを自ら購入して保険者から代金を受け取り、VFC対象の子どもには州を通じて発注した無料ワクチンを接種する。フィスカス医師は「民間保険の患者にはワクチンを接種し、VFC対象の患者にはワクチンがまだ届いていないと伝えることになるが、それは倫理的にも道徳的にもつらいことだ」と述べた。公平を期すため、購入済みのワクチンがあっても誰にも接種しないという選択をする医療機関もあるという。
一部の州では第三の対応が認められている。ニューヨーク州保健局は、民間保険の子ども向けに購入したワクチンをVFC対象の子どもにも先に使い、無料分が届き次第補充してよいと医療機関に伝えている、と同局のマリッサ・クレアリー広報官は説明している。カリフォルニア州のダインズ氏は、CDCとのやり取りの中で、VFCとしての承認は近く見込まれるとの説明を受けているという。
保健福祉省(HHS)のエミリー・ヒリアード広報官は、コロナワクチンがインフルエンザワクチンと同じ時期に提供されると期待すべきではないとし、新型コロナはインフルエンザのような決まった季節性のパターンをたどらないと説明した。同氏は「9月という恣意的な日付を、新型コロナワクチン調達の公衆衛生上の締め切りのように扱うべきではない」と述べている。
背景
VFCプログラムは、無保険や低所得世帯のほか、低所得者向けの公的医療保険であるメディケイド対象の子ども、アメリカ先住民やアラスカ先住民の子どもらに無料でワクチンを提供する制度で、全米の子どもの半数以上が対象になっているとされる。米国には日本のような国民皆保険制度がなく、ワクチン接種も基本的には医療機関が民間保険会社や公的プログラムから代金を受け取る仕組みで動いている。そのため、VFCのような公的な仕組みが滞ると、民間保険を持たない子どもだけが接種の機会から取り残される構造になりやすい。医師が独自に購入して民間保険の患者に接種するという迂回路は、公的な発注が動かない間の実質的な代替手段になっている面もある。
従来、コロナやインフルエンザなど季節性ワクチンをVFCの対象に含めるかどうかは、CDCの諮問委員会が投票で決める仕組みだった。HHS長官のロバート・F・ケネディ・ジュニア氏は、この仕組みを大きく変えた人物で、2025年には健康な子どもや妊婦への新型コロナワクチンについて、連邦政府としてもはや推奨しないと発表している。2026年3月には、連邦判事がケネディ氏について、諮問委員会の委員選任をめぐり連邦法に違反した可能性が高いとの判断を示した。CDCがVFC向けの発注手続きを開かないまま見通しも示さない今回の状況は、こうしたワクチン政策運営をめぐる混乱と無縁ではないとみられる。
日本にとっての意味
日本の予防接種は、定期接種と任意接種で費用負担の仕組みが異なり、自治体独自の助成が上乗せされる制度も多いとされる。いずれも、国や自治体の予算執行、審議会での検討、ワクチンの承認や供給のスケジュールが遅滞なく進むことを前提に成り立っている仕組みだ。今回のケースは、その前提が崩れたときに何が起きるかを示す実例といえる。米国では公費で無料接種を受けられるVFCという制度があっても、政治的な混乱や行政手続きの停滞で供給が止まれば、真っ先にワクチンが届かなくなるのは民間保険を持たない低所得世帯の子どもだ。
日本でも、自治体ごとに助成の開始時期がずれたり、供給や審議に遅れが生じたりする場面は起こり得るとされる。そうしたとき、自己負担でワクチンを買える家庭と、公費助成を頼りにする家庭とで、実質的に接種のタイミングに差が生じうることは、日本の制度でも共通の論点だ。米国の今回の事例は、公費でワクチンを届ける仕組みが常に滞りなく動くとは限らないこと、そして行政手続きが止まったとき影響を最初に受けるのが低所得層であることを、具体的な形で示している。