コロナ禍の米公衆衛生職員、7割超が深刻な嫌がらせ被害 調査で判明
米国の地方・州レベルの公衆衛生職員109人を対象にした調査で、コロナ禍に76%が脅迫や嫌がらせといった「深刻な反発」を受けていたことが分かった。個人情報を無断で暴露する「doxxing」の被害も含まれる。研究はオハイオ州立大学のマリアン・モーザー・ジョーンズ氏らが実施し、米国時間9月10日、米公衆衛生学会誌に発表された。
何が起きたのか
調査は全米18州の公衆衛生職員109人への聞き取りをもとにしている。76%が脅迫や嫌がらせなど「深刻な反発」を経験し、47%は過剰なデータ請求や政策変更の要求、専門性への公然とした疑義といった「弱体化を狙う反発」を受けていた。「深刻な反発」を受けた割合は、女性職員のほうが男性職員より高かったと報道元は伝えている。
具体的な事例も紹介されている。ある女性職員はスーパーで詰め寄られ、相手が自分の子どもの名前や裏庭で遊ぶ時間まで把握していると告げられた。後日、子どもの生活スケジュールや個人情報がSNS上にさらされた。安全上の懸念から転居して遠く離れた土地の職に移った職員も複数いた。
一方で、支援を受けられた例もあった。警察が真剣に対応した地域や、性的な脅迫を受けた女性職員を保安官が力を尽くして守った事例が紹介されている。抗議者に「少し態度を和らげてほしい」と頼んだところ、嫌がらせが減ることもあったという。コーヒーを差し入れて対話を試みる職員もいたが、暴力を本気で考えている相手にこうした手は効かないとモーザー・ジョーンズ氏は指摘する。
背景
米国の公衆衛生局長や保健当局の担当者の多くは、選挙で選ばれた政治家ではなく、任命された技術職の公務員である。感染症対策の科学的な助言や実務を担う立場であり、通常は静かに職務を果たす存在だったとみられる。ところがコロナ禍では、マスク着用やロックダウンといった対策の是非が党派対立と結びつき、対策を実行する現場の職員が政治的な怒りの矛先になった。
特に問題視されるのが、地方の保健部局がもともと予算に乏しく、職員個人への嫌がらせに対応する体制がないという点だ。モーザー・ジョーンズ氏は「保健部局、とりわけもともと資金難の地方保健部局には、こうした事態に対処する能力がない」と述べている。同氏は、doxxingを規制する法律の整備と、公衆衛生の役割そのものへの社会的な理解を広げることが、今後の同種の反発を防ぐ助けになるとみている。
日本にとっての意味
日本でも、保健所の職員が住民から何を受けたかは数えられている。
全日本自治団体労働組合(自治労)は2020年10月、住民に対応する職場で働く自治体職員らに調査を行い、1万4213人から回答を得た。過去3年の間に住民からの迷惑行為や悪質クレームを自分が受けた経験があると答えた職員は、保健所で働く回答者377人のうち55.7%にのぼる。生活保護(76.8%)と児童相談所(61.4%)の職場に次いで高い。自分が受けたか、職場で受けた人がいるかのどちらかだと答えた職員は、全体で76.3%を占めた。
コロナ禍に入ってからの調査もある。自治労の衛生医療評議会が2021年11月24日から2022年1月21日にかけて保健所や保健センター、地方衛生研究所の組合員に行ったアンケートには、40都道府県から1771件の回答があり、うち991件が保健所勤務だった。2021年に最も時間外労働が多かった月に80時間以上働いた職員は23%。この1年間にうつ的症状があったと答えたのは35.5%で、80時間以上の層に限れば52%にのぼる。自由記述には「人員不足、夜間の電話対応、休みがとれない、日々の暴言とクレームの対応」という声が並ぶ。
制度も動いている。2025年6月11日に公布された改正労働施策総合推進法により、2026年10月1日からカスタマーハラスメントへの対策が事業主の義務になる。厚生労働省の資料は、この「顧客等」に駅や空港、病院、学校、福祉施設、公共施設の利用者を含め、脅迫や中傷、名誉毀損、侮辱、暴言を手段の例として挙げている。電話やSNSを通じたものも対象だ。
ただし、この枠組みが求めているのは、事業主が就業環境を守る措置をとることである。電話やSNSを通じた言動も入るが、対象は「顧客等」からその雇用する労働者への言動であり、措置をとる主体は雇い主だ。モーザー・ジョーンズ氏が求めているのは、doxxingという行為そのものを規制する法律である。誰が誰を守るのかが違う。