香港の酷暑対策、警報だけでは労働者を守れないとの声
香港で酷暑対策の警報制度が機能していないとの批判が強まっている。気温が記録的な高さに達しても最上位の警報が出されたことがなく、警報が出ても事業者が休憩や作業停止の措置を取るかどうかは法的拘束力のない「指針」にとどまるためだ。労働者の権利団体は、指針の法制化と、熱中症を職業病として明確に位置づけることを政府に求めている。
何が起きたのか
香港では2023年に「職場における熱中症警報(Heat Stress at Work Warning)」制度が導入された。気温が危険な水準に達すると、黄色・赤・黒の3段階で警報を出し、企業に休憩や日陰の確保、作業量の調整を促す仕組みだ。しかし現地時間2026年8月9日に香港天文台が1884年の観測開始以来最高となる36.9度(郊外では39.8度)を記録した際も、発令されたのは最も軽い黄色の警報だけだった。
批判を受けて政府は現地時間8月28日から発令基準を引き下げ、気温に応じて警報の段階を自動的に引き上げる仕組みを導入した。だが労働者支援団体は、警報が出た後に何をするかが依然として法律で決まっていない点を問題視している。産業事故被害者権利協会(ARIAV)の責任者は「呼びかけや奨励にすぎず、法律ではない。企業が『できない』と言えば違法にならず、罰則の規定もない」と述べた。
香港労働者健康センターの責任者も、大規模な建設現場では指針の一部が守られているものの、企業には政府の勧告を無視する余地があり、労働者側には対抗する手段がないと指摘する。休憩を取ると「怠けている」と責められるのを恐れる労働者もいるという。香港には建設作業員約11万4000人、フードデリバリーの配達員約1万2900人、政府の路上清掃員約1万3200人など、屋外で働く人が多数いる。
労働者が実際に熱中症で死亡しても、持病や急病として処理されてしまう場合があるとARIAVは指摘する。同団体は、遺族への聞き取りをもとに、2024年と2025年にそれぞれ4人、2026年にはすでに3人が熱中症で死亡した疑いがあるとみている。香港の労働局が公表した公式統計では、2022年から2024年の間に熱中症や熱ストレスに見舞われた労働者は76人、そのうち死亡は1人にとどまる。
背景
公式統計によれば香港の気温は10年ごとに0.5度近く上昇しており、夏の「非常に暑い日」の数は2000年代以降4倍に増えたと香港天文台のデータが示している。こうした温暖化の進行が、屋外労働者の熱中症リスクを急速に高めている一因とみられる。熱中症は10〜15分で発症することがあり、対応の遅れが命に直結しやすい。
香港の制度の弱点は、警報という「知らせる仕組み」と、警報後の対応という「守らせる仕組み」が分離している点にある。警報の発令基準は8月に強化されたが、発令後に企業がどう対応するかは依然として勧告にとどまり、違反しても罰則がない。これは他の先進的な経済圏の多くが、高温時の作業停止や休憩を法律で義務づけているのとは対照的だという。
もう一つの空白は、熱中症が職業病として明確に扱われていない点だ。労働者側が熱中症による健康被害や死亡を正式な労災として認めてもらうための枠組みが弱く、持病や急病として処理されるケースがあるとARIAVは指摘している。労働者団体は、警報後の対応を法律で義務化すること、そして熱中症を職業病として制度上はっきり位置づけることの2点を、政府への要求の中心に置いている。
日本にとっての意味
日本は、香港の労働者団体が求めている2点に近い仕組みを、すでに条文の形で持っている。ただし作業の停止そのものを義務づけるのではなく、症状が出たときの報告と対応を義務づける形である。労働安全衛生規則612条の2は2025年に施行され、WBGT28度以上または気温31度以上の場所で継続1時間以上、あるいは1日4時間を超える作業を行う場合、事業者には熱中症の自覚症状や疑いを報告させる体制の整備が義務づけられる。あわせて、作業からの離脱・身体の冷却・必要に応じた医師の診察という重篤化防止の手順を作成し、周知することも求められる。違反には労働安全衛生法119条により6月以下の拘禁刑または50万円以下の罰金が科される。熱中症自体も労働基準法施行規則の別表で業務上の疾病として列挙されている。
厚生労働省が2026年5月に公表した2025年の確定値では、職場の熱中症による死傷者は1803人で過去最多だったが、死亡者は19人で前年より12人減った。厚労省は、この減少は612条の2による重篤化防止対策が進んだためと考えられるとしている。香港で議論されている「法制化」が実際に死亡を減らす方向に効いた可能性を示す数字といえる。