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ジョグジャ・ビエンナーレ財団、16年の活動を終了 政治状況理由に

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インドネシア・ジョグジャカルタで16年にわたり美術展「ジョグジャ・ビエンナーレ」を運営してきたジョグジャカルタ・ビエンナーレ財団が、組織としての活動を終了すると発表した。財団は、政治状況の悪化を理由に「休む」ことを選んだと説明している。

何が起きたのか

ジョグジャカルタ・ビエンナーレ財団は、2026年までの16年間、インドネシアで最も評価の高い美術イベントの一つとされる「ジョグジャ・ビエンナーレ」を運営してきた。財団は声明で「今後、ジョグジャカルタ・ビエンナーレ財団は存在しない」と明言した。

この間、財団は2000人超の作家が参加する場を作り、インドネシア各地(アチェからパプアまで)の作家や、40か国から招いたキュレーター・作家・著述家・活動家をつないできた。毎回50校以上の学校・大学を巻き込む教育プログラムのほか、「カトゥリスティワ・シンポジウム」と「アサナ・ビナ・セニ」をそれぞれ8回開催し、作家・研究者・市民が交流する場を設けてきた。財団は閉鎖に合わせ、送別の催し「クンドゥリ・スタリ・ラク」で関係者への謝意を示すほか、パリの「アジア・ナウ」でのビエンナーレに過去参加した作家による展示も別れの一環と位置づけている。

背景

財団は、閉鎖の理由を「インドネシアの現在の政治状況を踏まえた」判断だと説明している。文化を自分たちのアイデンティティの基盤として認めない政治体制のもと、経済・政治政策が混乱し、検閲が強まり、活動家や抗議者への暴力が起きていると訴え、「休む」ことが必要だと述べた。

財団はジャワの思想にある「leren(休止・休息)」と「lerem(平穏な状態)」という言葉を引き、休むことは逃げではなく、困難を受け入れて立ち止まり、周囲の状況を理解し直すための行為だと位置づけた。そのうえで、継続は財団という組織やビエンナーレという催事が残るかどうかで決まるものではなく、「精神」が共同体や若い世代に受け継がれて生き続けるという考えを示した。

日本にとっての意味

ジョグジャカルタの作家と日本を長くつないできたのが福岡である。福岡アジア美術館が運営するアジア美術資料室によると、ジョグジャカルタに住むヘリ・ドノ氏は1994年、福岡市美術館などで開かれた「第4回アジア美術展」に出品した。福岡での滞在制作では、京都の舞踏家や福岡のジャズ音楽家、大学生と組んで作品《チェアー》を演じ直し、この展覧会の巡回で初めて日本全国で評価を得た。

1999年に開館した福岡アジア美術館は、開館当初から毎年、アジアの作家や研究者を福岡に招いている。2024年には、ジョグジャカルタに住むエコ・ヌグロホ氏が約1か月滞在した。柔道着をつなぎ合わせて、博多祇園山笠のイメージと人々の協力を表した作品《フライングオーケストラ》をつくった。

財団は、ビエンナーレの精神は共同体と若い世代に引き継がれると述べた。ジョグジャカルタの作家たちが福岡で築いてきたつながりも、財団がなくなったあとに残るものの一つである。