カナダ北極の氷棚湖が消失、4000年続いた生態系戻らず
カナダ北極圏エルズミア島で、氷棚が湾を塞いでできる珍しい「氷棚湖(epishelf lake)」が消滅したことが確認された。2020年の氷棚崩落からわずか数か月で淡水層が海に流出し、約4000年続いたとみられる生態系は戻らないという。最後まで残っていたこの湖は、温暖化への耐性が最も高い部類とされる「ラスト・アイス・エリア」の中にあった。
何が起きたのか
カナダ北極圏ヌナブト準州、エルズミア島のミルン・フィヨルドにあった氷棚湖が消えたことが、学術誌Scientific Reportsに発表された研究で確認された。氷棚湖は、氷棚が湾をせき止め、氷河から流れ出た淡水が海水と混ざらずその上に層をなしてたまる環境だ。淡水層と海水層にそれぞれ異なる生物相が同じ水柱の中に共存する特殊な生態系をつくる。
2020年7月、ミルン氷棚は面積の半分近くを失う崩落を起こし、64平方キロメートルの氷の塊が分離した。新型コロナウイルスの渡航制限で現地調査は見送られ、2022年に再訪して観測機器のデータを回収したところ、崩落から数か月のうちに淡水層が海へ抜け、補充されないまま消えていたことが分かった。研究チームは、この氷棚湖がおよそ4000年にわたり存在していたと推定している。
エルズミア島北岸には、20世紀には最大17カ所の氷棚湖があったとされるが、人間活動に由来する温暖化で氷棚が次々と崩落・分離し、数十年の間にすべて消えた。隣接するディズレーリ・フィヨルドの氷棚湖も2002年の氷棚崩落で消失しており、ミルン・フィヨルドの氷棚湖はカナダ北極圏で最後に残っていた1つだった。現在もグリーンランドや南極には同種の湖が存在する。
背景
この地域を含む一帯は「ラスト・アイス・エリア」と呼ばれ、温暖化が進んでも海氷が最後まで残ると予測されてきた場所に当たる。研究チームは、2019年と2020年が非常に暖かい年だったことが氷棚崩落の引き金になったとみている。例年より多くの融解水が氷棚上にたまって湖へ流れ込み、その流れが排水路を削って広げたほか、海水温の上昇で氷棚の下側からも融解が進んだという。
研究者の1人は、2017年に遠隔操作の潜水機で湖水が氷棚の下へ流れ込む水路を調べた際、氷棚の下の暗闇にイソギンチャクやクモヒトデ、魚が生息しているのを確認したと述べている。氷棚湖の淡水がこの生物群を何らかの形で支えていた可能性があるが、詳しく調べる前に消えてしまったという。
日本にとっての意味
知床の生態系も、低塩分の表層が海水の上に乗る「成層」と冬の冷却がそろって初めて成り立つ。ただし向きはカナダと逆で、氷のダムが淡水を留めるのではなく、オホーツク海の表層自体が低塩分・低密度で冬の対流が深層まで及ばないために海氷ができる。知床世界自然遺産地域管理計画(案)はこれを北半球で最も低緯度の季節海氷域が生まれる理由の1つに挙げ、この海氷が育むアイスアルジーと植物プランクトンの大増殖を基礎とした食物網が多種多様な生物を支えているとしている。
気象庁の観測では1971〜2026年にオホーツク海の最大海氷域面積は10年あたり5.9万平方キロメートルのペースで減少しており、網走の流氷初日は2025年に1946年の統計開始以来最も遅くなった。成層そのものが崩れたカナダの例は、知床の生態系を支える仕組みの脆さを別の角度から示している。