アート・カルチャー

光州ビエンナーレ台湾パビリオン改称に中国反発、光州市が謝罪

韓国 の記事一覧 ・ アジア

現地時間9月5日に開幕を控える韓国・光州ビエンナーレで、台湾のパビリオンの名称を巡る対立が政治問題に発展した。光州市は中国に謝罪し、韓国メディアによると「一つの中国」政策への支持を改めて表明したという。中国が出展を予定していたパビリオンは、設営が中断したままになっている。

何が起きたのか

光州ビエンナーレ第16回展は、当初、台湾からの出展を国立台湾美術館(National Taiwan Museum of Fine Arts)の名前で表記していた。運営する光州ビエンナーレ財団(Gwangju Biennale Foundation)によれば、これは現地時間2026年1月12日に交わした合意に基づくものだったという。しかし現地時間8月中旬になって、台湾の文化部(文化省に相当)や出展作家側から抗議が起きた。美術館の名前が無断で展示名に使われたことへの不満だったとされる。

財団はこの抗議を受け、現地時間8月25日にこの展示を「台湾パビリオン」と改称した。それまで沈黙を保っていた中国は、この改称に態度を硬化させた。現地時間8月27日、駐韓中国大使の戴兵氏が光州市のミン・ヒョンベ(Min Hyung-bae)市長に対し、改称への対応として中国パビリオンの設営を見合わせる考えを伝えた。

光州市内の別会場で予定されていた中国パビリオンは、中国美術学院を中心とする組織が企画したもので、駐韓国中国大使館や光州の中国総領事館、朝鮮大学校美術館も名を連ねる。18組の作家が参加し、中国と欧州を結ぶ貨物鉄道(China-Europe Railway Express)とその前身となった1980年代以降の輸送網が、中国と中央アジアの関係をどう変えてきたかを扱う内容だったという。この設営は現在も中断したままで、開幕を目前にして先行きは見通せない。

光州市は現地時間8月31日に声明を出し、韓国政府の外交方針に沿って「一つの中国」を尊重する立場に変わりはないとした上で、台湾パビリオンという名称について「台湾を国家として承認することを意味しない」と説明した、と韓国メディアは伝えている。財団と中国パビリオンの参加者は、The Art Newspaperの取材に対しコメントを控えている。

背景

今回の対立の核心は、抗議した双方が問題にした対象が異なっていた点にある。台湾側が抗議したのは「国立台湾美術館」という美術館の名前が無断で展示名に使われたことであり、国としての扱いを求めたわけではなかったとみられる。一方、中国が問題視したのは「台湾パビリオン」という名称そのもので、台湾が独立した主体であるかのような印象を与えることだったとみられる。同じ「台湾」という言葉が、一方には不十分で、もう一方には行き過ぎだと映ったことになる。

この背景には、中国が台湾を自国の一部と位置づける「一つの中国」政策がある。韓国を含む多くの国は、中国を国家として承認する一方、台湾とは非公式な関係を保つという立場を取っている。国際的なスポーツや文化の催しでは、台湾がチャイニーズタイペイ(Chinese Taipei)のような名称や、国名を避けた形での参加を求められることがしばしばあるとされる。今回のようにパビリオンの名称一つが外交上の火種になるのも、こうした構図の延長線上にあるとみられる。

光州ビエンナーレは、1990年代半ばに始まった、韓国の民主化運動の歴史と結び付いた国際美術展として知られる。表現の自由や多様な立場を掲げてきた催しが、今回のように国家間の政治的な圧力にさらされる展開は、皮肉な巡り合わせといえる。

日本にとっての意味

日本の読者にとって、台湾が国名を伏せた形で国際行事に参加する場面は目新しいものではない。オリンピックなど国際スポーツ大会で台湾がチャイニーズタイペイ(Chinese Taipei)の名称を使ってきたことはよく知られており、今回の光州ビエンナーレの騒動は、その延長線上にある出来事として理解しやすい。

日本も、中国を国家として承認し台湾とは非公式な関係を保つという、韓国と同じ立場に立っている。そのため、日本の美術館や芸術祭が台湾の団体と共催・出展する際には、名称の扱いを巡って同種の緊張が生じ得る立場にある。日本国内でも、2019年のあいちトリエンナーレで企画展「表現の不自由展・その後」が抗議や脅迫を受けて一時中止になった例がある。

光州ビエンナーレは現地時間9月5日に開幕する予定だが、中国パビリオンの設営中断がどう決着するかは、開幕直前になっても見通せていない。台湾と中国の関係を巡る緊張が、文化の現場でどのように表れ、どう収束していくのかを追う上で、注視する価値がある事案だ。