ネパール外相、ヒマラヤの洪水で国連の新気候基金に緊急支援要請
氷河の崩落をきっかけに大量の水と土砂がヒマラヤの谷を襲った災害を受け、ネパールのカナル外相が国連の新しい気候基金に緊急支援を求めていることが分かった。この基金はまだ1件のプロジェクトも承認しておらず、突発的な災害に迅速に対応する手続きも整っていない。ネパール政府はすでに緊急の無償資金支援を直接要請しており、基金の理事会内でも臨時会合を求める動きが出ている。
何が起きたのか
災害は、ヒマラヤの氷河が崩落して土砂崩れを引き起こし、大量の水と岩石がボテコシ川の谷を一気に流れ下ったことで発生した。中国チベットとの国境に近いラスワ郡とヌワコット郡では、早期警戒のための水位計が流失した。現地時間9月9日時点で1300人以上が死亡、5100人以上が行方不明となっている。カナル外相はこの災害を「ヒマラヤの津波」と表現し、道路や橋、水力発電施設、集落までもが押し流されたと説明した。
ネパール政府による試算では、復興には25億〜50億ドルの費用がかかる見通しだ。カナル外相はこの総額を国連の「損失と損害に対応するための基金(Fund for Responding to Loss and Damage、略称FRLD)」に一括で求めるつもりはないとした上で、被害状況の評価をまとめ、国際的な支援要請の材料にする考えを示した。現地時間8月31日、ネパール政府はFRLDに緊急の無償資金支援を直接要請する文書を送り、その中で「迅速な対応は、この基金が国際的な連帯を、最も必要とされるときに間に合う支援へ変えられることを示すことになる」と訴えた。
この要請を受け、途上国出身の理事8人が臨時会合の開催を求める書簡に署名し、その後、小島嶼国(海面上昇などの影響を強く受ける島国)出身の理事も加わった。FRLDは声明で、現地の被害の大きさが基金設立の目的そのものを裏付けていると認め、緊急性や共感をもって対応する意向を示した。その一方で、基金の設立文書と定められた意思決定手続きを尊重する必要があるとも述べた。現地時間9月9日の時点でも、理事会内の協議は続いているという。
背景
FRLDは、気候変動によってすでに生じてしまった被害、つまり「損失と損害(loss and damage)」に対する国際支援の枠組みとして設けられた基金で、温室効果ガスの削減や気候変動への適応を支援する既存の基金とは異なり、災害後の復旧・復興を主な対象とする。ただし理事会はこれまで1件のプロジェクトも承認しておらず、氷河湖決壊洪水(glacial lake outburst flood、氷河が溶けてできた湖が一気に決壊して下流へ流れ出す現象)のような突発的な災害に迅速に対応する手続きも、まだ整っていない。
資金の規模も、ネパールが直面する被害額とは大きな開きがある。FRLDは初期段階でプロジェクト1件あたり2000万ドルを上限としており、現時点で配分できる原資も3億5000万ドルにとどまる。ネパール政府が見積もる復興費用の下限である25億ドルと比べても、上限の2000万ドルは1%に満たない規模だ。今回の要請は、この発足間もない基金が実際にどれだけ速く機能するのかを見極める試金石とみられている。
カナル外相は、今回のような規模の崩落は事前の備えだけで防ぎきれるものではないとしつつ、これまでの土木設計が前提としてきた過去の気象・地形データはもはや十分ではないと述べた。コンサルティング会社のSystemiqが公表した調査では、ヒマラヤの氷河が質量を失う速度がこの10年で65%速まったことが指摘されている。インドだけでも危険度が非常に高いと評価される氷河湖が56カ所あるという。
日本にとっての意味
この一件は、日本の資金拠出の有無とは別に、多国間の気候資金の仕組みが実際の災害でどこまで機能するかを見極める材料として注目に値する。FRLDは近年の国際交渉で合意された比較的新しい制度で、災害後の迅速な支援を掲げてきたが、実際には手続きの未整備や資金規模の不足から、初動での存在感を発揮できていない。
カナル外相が指摘した、過去の実績値を前提とした設計基準では足りないという論点も、日本にとって遠い話ではない。日本も急峻な山地や多数のダム・水力発電施設を抱えており、豪雨や土砂災害への対応で、過去の観測データを基準にした設計思想が長く用いられてきた。ヒマラヤの氷河融解が加速しているという今回の調査結果は、日本には氷河こそ少ないものの、防災インフラ設計の前提そのものを見直す議論にも重なる視点だといえる。
さらに、多国間基金が災害直後にすぐ動けないとすれば、被災国への支援は結局、二国間の枠組みや個別の人道支援に頼らざるを得なくなる可能性がある。国連の新しい気候基金が実際にどれだけ速く、どれだけの規模で機能するのかを見届けることは、将来同種の災害が起きた際に、日本がどのような形で関与するかを考える手がかりにもなる。