ネパールの洪水被害に世界から約9000万ドルの寄付、国連基金は拠出決まらず
ネパールで起きた大規模な洪水の被災地を支援するため、世界中の個人や企業から政府の災害救援基金に約9000万ドルが寄せられたと、ネパールの気候交渉担当者が明らかにした。一方、途上国の気候災害を支援するために各国政府がつくった国連の新しい基金は、ネパール政府からの緊急要請に3週間以上応じられずにいる。国連のグテーレス事務総長は、この基金に先進国が拠出している金額があまりに少ないと批判した。
何が起きたのか
国連の気候交渉で最も貧しい国々の助言役を務めるマンジート・ダカル氏によると、ネパールの「首相災害救援基金」には、国内外の個人や企業から5ドルという少額から「数百万ドル」規模まで、幅広い寄付が寄せられ、総額はおよそ9000万ドルに達した。ダカル氏は現地時間の9月21日、早期警戒システムに関する会合でこの状況を明らかにした。
この洪水は、ヒマラヤ山中でネパールとチベットの国境地帯を襲った岩と氷のなだれが引き金となって発生した大規模な鉄砲水だった。約1450人が死亡し、5000人以上が行方不明になっているとされる。ネパールの財務・環境両大臣は現地の8月31日付で、国連の「ロス&ダメージ基金(Fund for Responding to Loss and Damage、気候災害の被害を受けた途上国を支援するために各国政府がつくった基金)」の理事会に対し、人命保護と基本サービス復旧のための緊急拠出を求める要請を送った。途上国側の理事らも臨時会合の開催を共同議長に求めたが、オンラインでの非公式な協議にとどまり、資金拠出を決める権限を持つ会合は開かれていない。次の定例理事会は現地の12月15日に開かれる予定だ。ダカル氏は、要請への反応について「前向きなものもあるが、なお議論が続いている」と述べた。
ロス&ダメージ基金には先進国から8億2000万ドルの拠出が約束されているが、基金が当面の運用分として確保できているのは3億5000万ドルにとどまる。世界各国からの支援要請は総額でおよそ30億ドルに上るため、基金は1件あたりの拠出上限を2000万ドルに設定しているが、これまでに承認された案件はまだ一件もない。ネパール政府は復旧・復興にかかる費用を48億ドルと見積もっており、住宅や道路、橋、病院、水力発電所の再建が必要だとしている。
国連総会での演説で、任期満了を控えたグテーレス事務総長は、豊かな国々がこの基金に用意した資金を「ばかげているほど少ない」と批判し、先進国に対して基金を「規模に見合う形で機能させる」よう求めた。気候科学者のヨハン・ロックストローム氏もニューヨークでの会合で、ワールド・ウェザー・アトリビューション(World Weather Attribution、異常気象と地球温暖化の関係を素早く分析する科学者グループ)による分析結果を紹介し、今回の惨事は「人間が引き起こした気候変動がなければ起きなかったことが証明された、ロス&ダメージの請求書の最初の象徴的な事例になりうる」と述べた。
背景
ロス&ダメージ基金は、先進国の温室効果ガス排出によって既に生じている途上国の被害に対応するための資金を提供する仕組みとして、2022年の国連気候変動会議で設立が合意された。その後、理事会や運用ルールの整備が進められてきた。理念としては、豪雨や熱波、海面上昇といった気候変動の影響を受けやすい貧しい国々に対し、先進国側が資金面で責任を分担するという考え方に基づいている。
しかし実際の運用は資金規模も意思決定の速度も限られており、緊急性の高い災害に迅速に対応できる体制にはなっていないとみられる。ネパールの要請が3週間以上たなざらしにされている状況は、この基金が理念と実務の間で大きな隔たりを抱えていることを示している。ダカル氏が問いかけたように、拠出決定に時間がかかる制度のままでは、今後さらに増えるとみられる大規模災害に対応しきれないという懸念も強まっている。
なお、ネパール向けに集まった約9000万ドルとされる寄付額は、政府が見積もる復興費用48億ドルの2%に満たない。個人の善意による寄付が公的な国際支援を上回って見えるのは、基金からの支払いがいまだゼロだからという面が大きい。寄付だけで復興が賄えるわけではない点には注意が必要だ。
日本にとっての意味
日本でも、大きな災害が起きるたびに義援金が短期間で集まり、被災者に届くまでの公的な手続きの遅さが問題になることがある。ネパールの事例は、それと似た構図が国際的な気候被害の支援制度でも起きていることを示している。抽象的に見える国連の仕組みが、「まだ承認案件ゼロ」という事実を通して実感しやすくなる。
また、ロックストローム氏が示したように、特定の災害を気候変動の「請求書」として扱う考え方が今後広がれば、歴史的に排出量の多い国々に対して資金拠出を求める声がより具体的になっていく可能性がある。日本もそうした先進国の一つとして、気候資金への拠出を期待される立場にあるとみられる。ロス&ダメージ基金の機能不全が今後どう是正されるかは、日本の気候外交や財政負担のあり方にも関わってくる論点だといえる。