気候・災害

アマゾンの渇水と検査不足、先住民マツェス族を医療危機に追い込む

ペルー の記事一覧 ・ 南北アメリカ

ペルー領アマゾンに暮らす先住民マツェス族が、深刻な健康危機に直面している。ペルー保健省はこれまでマツェス族のB型肝炎による死者を「ゼロ」としてきたが、族長はそれが検査の行き届いていないためだと訴えている。そこへ気候変動が絡む渇水が重なり、川を使った医療アクセスそのものが断たれつつある。

何が起きたのか

現地を取材したモンガベイの記者エイミー・ガベイ氏によると、マツェス族の集落ではB型肝炎とマラリアの深刻な流行が起きている。族長のレオ・チュマ・テカ・ベソ氏は、ペルー北東部のイキトスや首都リマまで足を運び、国に支援を求めた。族長は、B型肝炎が進行して肝硬変となった住民が路上で亡くなっているとも証言したという。

しかしペルー保健省の統計では、2021年1月から2026年8月までにマツェス族のB型肝炎による死者は一人も記録されていない。族長はこの「ゼロ」という数字について、そもそも住民の検査が行われていないからだと指摘する。市民団体による検診は人口のおよそ2割にしか届いていないが、それでも保健省によれば17人の感染が確認されているという。ガベイ氏は今回の取材について、「(環境問題について尋ねるつもりが)人々は『路上で人が死んでいる』と話し始めた。質問を間違えていると気づいた」と振り返っている。

渇水は医療をさらに遠ざけている。この地域には道路がなく、移動手段は川船に限られる。ところが川の水位が下がって航行が難しくなり、医療従事者が奥地の集落に入れず、病人も治療を受けに出られない状態が続いている。最も近い村であるコロニア・アンガモスまでは、遠い集落からだと最大2日かかり、飛行機の便も週2回しかない。

ペルー保健省の担当者は、支援の遅れの理由として予算不足と地理的な遠さを挙げているという。

背景

マツェス族が外部社会と公式に接触したのは1969年のことだ。ゴム採取業者や伐採業者、軍による爆撃から逃れるため、福音派の宣教師との接触に自ら踏み切ったとされる。だが接触は同時に、それまで免疫を持たなかった感染症にマツェス族をさらすことにもなった。

接触前に生まれた長老ロベルト・ネッカ・トゥミオ・ウナン氏は、接触直後から見知らぬ病気でいくつもの家族が次々と亡くなっていったと証言している。外部社会と長く接してこなかった集団が、私たちが日常的にさらされている病原体への抵抗力を持たないことは多いという指摘がある。

B型肝炎は感染しても自覚症状が出にくく、何年もかけて静かに肝硬変へと進行することがある病気だ。検査を受けなければ感染の実態そのものが見えず、統計上「死者ゼロ」となっていても、それが本当に感染がないことを意味するとは限らない。今回の族長の訴えは、まさにこの構図を突いている。

アマゾン地域では近年、記録的とされる渇水が繰り返し報じられており、川の水位低下が住民の生活や医療アクセスに影響を与えているとみられる。マツェス族の暮らす地域は、ヤバリ・タピチェ(Yavari-Tapiche)と呼ばれる1600万ヘクタールに及ぶ広大な一帯の一部にあり、ここには外部との接触を持たずに暮らす先住民の集団がほかにもいる。もし病気や渇水で移動を強いられれば、違法な石油採掘や伐採、鉱山開発の現場に接近する危険が高まり、さらに別の感染症にさらされることにつながりかねないとガベイ氏は指摘する。

日本にとっての意味

「検査をしていないから死者がゼロに見える」という今回の構図は、日本が長年向き合ってきたB型肝炎対策の課題と骨格が重なる。感染を把握するための検診体制そのものが整っていなければ統計上の「ゼロ」が実態を映さないというのは、地域や制度を問わず起こりうる問題だ。

交通手段が絶たれると医療が届かなくなるという構造も、日本にとって無縁ではない。離島や山間部では、災害や悪天候で交通が寸断された際に医療アクセスが一気に細るという課題が繰り返し指摘されてきた。マツェス族の事例は、その極端な形として読める。

また、違法な伐採や鉱物採掘が先住民の生活圏を脅かしているという指摘は、木材や鉱物資源を多く輸入する日本にとっても、供給網のどこかでつながりうる話だ。気候変動による渇水が、感染症の流行や国の対応の遅れと絡み合って弱い立場の人々を追い詰めていく様子は、その被害を統計の数字ではなく、具体的な人の暮らしとして理解する手がかりになる。