ネパール洪水、輸出戦略の水力発電に打撃 設備の1割喪失
現地時間8月26日、ネパールと中国の国境付近で発生した鉄砲水により、ネパール国内の送電網に接続された発電設備の約1割が失われた。損壊・破壊された発電容量は281メガワット、建設中の設備でも計700メガワットが被害を受け、被害額は数千億ネパールルピーに上るとみられる。トリシュリ川沿いの送電線も流失し、さらに150メガワット分の電力が送電網から切り離された状態にある。
何が起きたのか
被害を受けた発電所には、稼働から42年が経つネパール最古級の水力発電所の一つ、デビガート発電所(14.1メガワット)も含まれる。下流では出力25メガワットの太陽光発電所も大きな損傷を受けた。トンネルや発電所建屋の内部に取り残されているとみられる技術者や作業員約983人と連絡が取れない状態にあると独立系発電事業者協会(IPPAN)が現地時間9月1日に発表したが、政府の記録上、水力発電事業関係の行方不明者は639人にとどまっており、被害の全容はなお把握途上にある。
被害の出方には明確な傾向が見られる。地表に建てられた発電所建屋や、川底付近のダム、砂を取り除くための沈砂池(desander)は壊滅的な被害を受けた一方、地下に発電所を設けたプロジェクトは比較的持ちこたえた。実際、トリシュリ川下流にある出力100メガワットのスーパー・トリシュリ水力発電プロジェクトは、上流で多くの橋が流されるなかでも大きな被害を免れた。同プロジェクトの測量担当者は、発電所を川から離れた場所に設置し、事前に洪水発生確率の評価を行っていたことが功を奏したとSNSで説明している。
国営電力公社(NEA)は、被害を受けた地域の大半で2日以内に電力供給を復旧させたとし、国内向けの電力供給には支障がないと説明している。ただし長期的な影響についての取材には応じておらず、現時点ではトンネル内に取り残された作業員の救助を優先している段階だという。
背景
ネパールはヒマラヤの雪解け水や氷河を水源とする急流を利用し、水力発電を国の経済成長の柱に据えてきた。国土の大半が山岳地帯で平地が少ないネパールにとって、豊富な水資源を電力に変え、近隣国、特にインドへ輸出することは数少ない外貨獲得手段の一つとされてきた。2025会計年度には電力輸出で187億5000万ルピー(約1億4200万ドル)の黒字を計上し、ネパールは電力の純輸出国という地位を初めて手にしたばかりだった。
こうした水力偏重の発電構成は、気候変動に伴う氷河融解や異常降雨によって、以前より大規模な鉄砲水のリスクにさらされているとの指摘がある。今回の洪水を受け、電力公社トップやエネルギー相を務めたクルマン・ギシン氏は「100年に一度の出来事」としつつも、発電所の設計や立地規制に多くの教訓を残すと述べ、早期警報システムの導入や発電所へのアクセストンネルを長くすることの必要性を指摘した。独立系発電事業者協会の元会長も、地表建設の発電所やダムはコストを優先して設計されてきたと認めた上で、地下化や緊急救助計画の整備が今後の耐性強化につながるとの見方を示している。ただしこうした耐性強化は建設コストを10〜12%押し上げる可能性があるとみられている。
この洪水を機に、輸出偏重の水力戦略そのものを見直すべきだとの声も出ている。背景には物理的な災害リスクに加え、輸出先であるインドの電力価格が下落していることもあるとされ、専門家の一部は国内消費を優先する方向への転換を求めている。あわせて、太陽光発電の拡大を求める動きも強まっているという。
日本にとっての意味
今回の被害は、水力発電に偏った国のエネルギー戦略が気候変動下でどれほど脆弱になり得るかを示す事例として読む価値がある。日本は水力発電への依存度こそネパールほど高くないが、山間部のダムや水路式発電所を多数抱え、近年は豪雨や台風の激甚化により流域の土砂災害やダム施設への被害が各地で報告されている。地表建設の発電所や取水施設が集中豪雨に弱く、地下化や早期警報システムが被害軽減に有効だったというネパールの経験は、国内の中小水力発電所の防災対策を点検する際の参考材料になり得る。
また、冬季の渇水期に電力輸出の余力が失われかねないというネパールの状況は、単一の電源に依存した輸出型・供給型のエネルギー戦略が持つ構造的な弱さを示している。日本はエネルギー輸入国という逆の立場にあるが、特定の発電源や供給ルートに依存しすぎることのリスクという点では共通の教訓を引き出せる。再生可能エネルギーの拡大を進めるなかで、水力・太陽光・その他の電源をどう組み合わせ、災害リスクを分散させるかという課題は、日本の電源構成の設計にもそのまま当てはまる。