米ペンシルベニア州の麻疹関連死、見落とされる『免疫の記憶喪失』
米ペンシルベニア州保健当局は現地時間の8月25日、麻疹に関連する死亡を2件発表した。同州でこうした死亡が報告されたのは35年ぶりだった。当局は患者のプライバシーを理由に詳細をほとんど明らかにしなかった。それでも、コメント欄などでは根拠のない年齢の情報が広まった。
何が起きたのか
州保健当局が公表したのは、亡くなった2人がいずれもワクチン未接種だったという事実だけだった。発表から間もなく、2人は80歳だったという情報が出回ったが、これは偽のスクリーンショットに基づくもので、裏付けとなる証拠はなかった。実際には、州が公開しているダッシュボードによると、今年ペンシルベニア州で65歳以上の麻疹患者は1人も報告されていない。また、今回の集団感染で患者数が最も多い年齢層は25〜49歳だった。
その後、亡くなった2人のうち1人は生後間もない乳児だったことが分かった。乳児は一般にワクチン接種の対象年齢に達していないとされ、この乳児の死にどこまで麻疹が関わっていたかについては議論が続いている、とCIDRAPに寄稿した論者は書いている。麻疹の合併症は5歳未満の子どもと20歳を超える大人に多く見られ、この分布は「高齢者と持病のある人だけが危ない」という単純な図式には当てはまらない。
背景
CIDRAPに寄稿した論者は、感染症の死者について「年齢」を尋ねる行為を、自分がその病気と無関係でいられるかどうかを確かめようとするものだと説明している。米国では新型コロナウイルスの流行初期、2020年3月に米疾病対策センター(CDC)が発表した分析で、死者の80%が65歳以上だったことが分かった。この数字はやがて「年寄りと病人だけの病気」という言い回しとして定着したが、筆者はこの言い回しが実態を歪めてきたと指摘する。
年齢や免疫不全、妊娠、慢性疾患などがリスクを高める要因であること自体は事実であり、こうした人により手厚い対応をするための仕組みも存在する。例えば2023年にイングランドで1200万人を超える人を対象に行われた研究では、免疫不全のある人は人口の4%にすぎないのに、新型コロナウイルスによる入院の22%、死亡の22%を占めていた。しかもその多くはワクチンを接種済みだったという。こうしたデータは本来、リスクの高い人を守るために作られたものだが、筆者は、それが「対象に含まれない人には関係ない」という誤ったメッセージに転じてしまう問題を指摘している。
麻疹はこの問題を分かりやすく示す例だという。2019年に学術誌サイエンスに掲載された研究によれば、麻疹に感染した子どもは、それまで体内に持っていた抗体の11〜73%を失っていた。この抗体は、過去にかかった感染症やワクチンによって体が長い時間をかけて蓄えてきた「免疫の記憶」にあたる。症状が軽い感染でも相当の割合が失われており、高齢者や持病のある人に限った現象ではない。麻疹という病気を「発疹と熱の病気」として理解し、治れば終わりだと考えると、この免疫の記憶喪失(immune amnesia)と呼ばれる影響は見落とされやすい。麻疹から回復した後も、以前は防げていた別の感染症にかかりやすくなるとみられる。
日本にとっての意味
日本でも麻疹は発疹と高熱が出る病気として報じられることが多く、感染して治ればそれで一区切りという印象を持たれやすい。しかし今回取り上げた事実は、麻疹の影響が症状の期間だけにとどまらない可能性を示している。生後間もない乳児は一般にワクチンを受けられる年齢に達していないとされ、自分自身の免疫だけでは麻疹を防ぎにくいとみられる。周囲の大人が接種を受けて感染の広がりを抑えることが、こうした乳児を守る現実的な手段になる。
また、「高リスクの人以外は関係ない」という受け止め方が広がると、健康な人が予防接種や受診の判断を先送りしてしまう可能性がある点も見逃せない。これは麻疹に限らず、季節性インフルエンザなど他の感染症の報道にも共通する注意点である。