米厚生長官、麻疹死亡を「捏造」示唆 CDCが統計から除外
現地時間8月25日、米ペンシルベニア州で麻疹に関連した死者2人が報告された。同州で麻疹に関連する死亡が報告されたのは35年ぶりだった。翌日、連邦政府の保健福祉省(HHS)トップが、この死亡発表そのものを疑う内容をSNSに投稿し、数日のうちに連邦の疾病対策センター(CDC)が週次統計からこの2件を除外する事態に発展した。地元の家族は、我が子の死を公的機関の長から疑われる形になった。
何が起きたのか
現地時間8月25日、ペンシルベニア州保健当局はランカスター郡で麻疹に関連する死亡が2件あったと発表した。CDCはその日のうちに遺族に哀悼の意を示し、州と連携する意向を表明していた。ところが翌26日、HHS長官のロバート・F・ケネディ・ジュニア氏がX(旧ツイッター)上で、死亡は「知事に取り入りたい職員の1人による捏造かもしれない」と投稿し、この発表を民主党のコロナ対応の焼き直しだとも述べた。
さらにその翌27日、CDCの公式Xアカウントは、ケネディ氏がペンシルベニア州当局の矛盾した情報を整理したとして謝意を示す文言を投稿し、コロナ禍を引き合いに出した。この時点で、州の死因判定が誤っていたことを示す調査結果は何も存在していなかった。地元郡のコミッショナーが検視官の見解として、麻疹が直接の死因とされた例はゼロで、1人は麻疹に感染してはいたが死因は別だと述べたことがきっかけだった。
現地時間30日(日曜日)、CDCは通常より遅れて週次の麻疹統計を公表し、問題の2件の欄をアスタリスクに置き換えた。手元の情報からは麻疹が死亡の原因ないし一因だったのか、麻疹に感染した状態で別の原因で死亡したのかを判断できない、という説明だった。米紙ワシントン・ポストと米メディアCNNは、この決定が8月に就任したばかりの新CDC局長エリカ・シュワルツ氏によるものだったと報じている。
背景
米国では従来、州が発生時の死亡例を調査し、CDCがそれを集計するという役割分担が数十年続いてきた。例えば2025年にニューメキシコ州で、ワクチン未接種の成人が死後の検査で麻疹陽性と判明した際も、調査が続いている段階でCDCはその死亡を統計に含めていた。今回のケースでCDCが示した声明には、ペンシルベニア州のデータに具体的な誤りがあったという指摘は含まれておらず、あくまで同州知事側との対立を描写する内容にとどまっている。
議論で使われている「麻疹とともに、麻疹によってではない」という言い回しは、コロナ禍で実際に問題になった論点を借用したものだ。当時は多くの病院が症状の有無にかかわらず入院患者全員にコロナ検査を実施しており、無症状での陽性率も一定程度あった。加えて2022年1月のピーク時には全米で1日あたり約78万3000件の新規感染が報告されるほど流行が拡大していたため、骨折や心臓発作など別の理由で入院した患者が偶然コロナ陽性となり、統計上「コロナ入院」や「コロナ死亡」に数えられる例が相当数あったとみられる。死亡証明書にコロナが記載された例のうち、コロナが直接の死因とされた比率は2022年4月には60〜70%まで下がり、死因ではなく寄与要因として記録される例が増えていた。
しかし麻疹には、この構造がそのまま当てはまらない。麻疹は入院時に全員に検査を行うような仕組みがなく、臨床的に麻疹を疑う症状か、疫学的に感染を疑う理由があって初めて検査が行われる。加えて2026年の全米の確定患者数は現地の8月27日時点で2903人で、人口3億4000万人の国としては極めて少ない。麻疹排除国とされる米国では、疑い例の多くが実際には麻疹ではなかったとCDC自身も説明しており、偶然の陽性が死因判定を歪めるという構図は考えにくい。
日本にとっての意味
今回の一件が示すのは、公的機関のトップ自らが、実際に報告された死亡例を根拠なく疑問視し、統計を扱う機関がそれに追随して統計を修正したという経緯だ。感染症の死亡統計は、原因の特定に時間がかかることが珍しくなく、途中経過を政治的な立場から評価すること自体は本来なじまない。米国の公衆衛生行政において、こうした政治的な介入がどこまで及びうるかを示す具体例として記憶しておく価値がある。
日本にとっても麻疹は無縁の病気ではない。日本でも麻疹は排除状態にあるとされるが、海外からの持ち込みによる散発的な流行が繰り返し報告されており、訪米者や在留邦人を通じた感染例も想定される。米国の麻疹流行が2026年、1991年以来最悪の規模になっているという事実は、渡航者にとって実務的な注意点だ。加えて、CDCは国際的な感染症対策でも参照される機関であり、その統計の扱いを巡る政治的な論争は、各国の保健当局が米国発の情報をどう受け止めるかという信頼性の問題にも波及しうる。